壁-刑事司法の民主化

最終更新日:2023年12月4日

蘭越町に対する国家賠償請求事件(国家賠)について、訴状をHTML化し、訴状の各項目に対する被告のに認否が分かるようにしました。訴状には、音声記録と反訳を含む全ての証拠へのリンクを貼りました。誰もが容易に事件の問題点を理解できるようにするためだ。

なお、弁論の状況は、過去の記事に追記しています。

民主性を失った警察への挑戦

国家賠としたのは、告発をまともに扱わない警察に圧力をかける意図があった。刑訴法47条の制約で告発状の公開ができないことに対し、告発内容を公開する代替裁判としての意図もある。

私が告発や国家倍の内容を公開するのは、警察や裁判所の判断をあまり信頼していないからだ。一方、確たる証拠を添えた疑いが公開されることが、市民の「知る権利」と「社会の秩序維持」にも寄与する、と信じている。

そして、国家倍の詳細を公開することは、裁判官のみならず、警察に「未来の評価」という圧力をかける意図がある。

堕落した司法への挑戦

政治と行政に対しては、一定の報道があるので、政治と行政の問題は世論になり得る。一方、司法に対しては、全く報道されていない。だから、司法の問題は世論になり得ない。

司法の問題を知らぬ人ほと、警察を頼りにし、訴えれば何とかなると思い込んでいる。しかしながら、安易に司法に頼ろうとする人ほど、実際に頼ったとき、その冷淡さに絶望することとなる。

多分、私の記事は、司法に何ら疑問を持たない人たちが読むことはない。そして私は、司法に疑問を持つ少数の人たちを対象に、記事を書いている。

そして、絶望の裁判所への挑戦

裁判の問題は、次のふたつに象徴されている。

  1. 事実上、裁判は公開されていない
  2. 判決文しか報道しないメディア

裁判所に行けば、誰もが裁判を傍聴することができる。ただし、傍聴しても、当事者の主張を知ることはほとんどできない。「口頭弁論」と称しながら、口頭では弁論しないからだ。口頭弁論でなされるのは、「(書面で提出したにことを)陳述します」と言うだけだ。だから、裁判を傍聴しても、何が争点なのかを知ることはできない。

報道において、双方の書面を読んだ上で為されるケースは、ゼロに等しい。そして、多くのメディアは、判決文を広報する程度の報道をしている。あるいは、当事者が出頭して供述する様を、面白おかしく‘報道’するだけだ。

その結果、裁判官が異常な判決をしても、それを咎める者はない。裁判官の人事を取り仕切る最高裁判所も、裁判官の評価を公にすることはない。それどころか、最高裁判所は、裁判官の略歴(経験年数等)さえ公にしていない。

告訴・告発による刑事司法の民主化

私が蘭越町を刑事告発したのは、認知も捜査も困難なことから、公務員の汚職を含む経済犯罪が蔓延しているにもかかわらず、それを指摘をすることが、どれほど困難であるかを示すためでもある。

大メディアが権力に沈黙する恐ろしさを指摘したい。